人生を通じてマッチクオリティーを追求する

  1. コラム〜リサーチャーの日常
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『知識の幅が最強の武器になる』という本で初めて知った「 マッチクオリティー 」という言葉は、ある仕事をする人とその仕事がどれくらい合っているか、その人の能力や性質と仕事との相性を表す言葉だそうです。世の中では近年、専門性を高めるための早期教育ややり抜く力(グリット)といった考え方に焦点が当てられがちですが、実は「積極的に紆余曲折を経て、知識の幅を広げていく」というキャリアの在り方に大きな可能性があることに気付かされます。

目次

早期教育・グリット・1万時間の法則は、すべての職業に効くわけではない

いろいろな本を読んでいて、ときに自分の固定観念を揺さぶられるような発見があるときがあります。しかも、それが直感的にはなんとなくそうじゃないかなあと思っていたことだったりすると、急に見通しがよくなったかのような喜びになりますね。こういう本は1年に1冊でも出会えたら幸せです。今日は久しぶりに出会ったそんな本、『RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる』を紹介します。

チェスや囲碁の名手やゴルフ・テニスなどの一流プレイヤーを見ると、やはり若いうちから取り組みをスタートし、相当の時間をかけて磨かれてきた。つまり、親が子供の才能に早くから気付き、その道に乗せることが重要だと思わされます。この本が最初に指摘するのは、ルールが定まった世界ではこうした法則が成立することがあるものの、それでも一流テニスプレーヤーでさえ、子供の頃に複数のスポーツを経験し、ゆっくり時間をかけて自らテニスという種目を選んだ人の方が、キャリア後半での伸びに勢いがあったり、選手生命が長いことがあるということです。本人にとっての幸福度という点では、言わずもがなでしょう。やさされている感があるのに実力を発揮してきたオリンピック選手など、人生中盤〜後半で大失敗をしでかすこともあるでしょう。ましてや、より複雑な社会を相手にする現代の職業キャリアにおいては、「早期教育・グリット・1万時間の法則」に囚われることによる弊害の方が大きいことに気付かされます。

マッチクオリティー とは

本書で初めて知った「マッチクオリティー」という言葉は、経済学の用語で、ある仕事をする人とその仕事がどれくらい合っているか、その人の能力や性質と仕事との相性を表す言葉だそうです。

ある学者は、英国イングランドとウェールズの大学が入学前に専攻を決めなければならないのに対し、スコットランドでは特に最初の2年間はさまざまな分野の学習が求められるという制度の違いに目を付け、自然実験を行いました。スコットランドの大学の方が、ゆっくり専攻を決められるので、いろいろな学問を試すことができます。専門知識は少ないが自分の能力や性質にあった専攻を見極められやすいため、卒業生はより高いマッチ・クオリティーを実現できるのではないかという仮説です。数千人の卒業生のデータを分析した結果、イングランドとウェールズの大卒者の方が、高い割合で専攻とは全く別の分野に仕事を変えていることが分かったそうです。一方のスコットランドの卒業生は、専門スキルが少ないため最初は収入が少ないが、すぐに追いつくことも分かったとのこと。

本書では、画家ゴッホの魂の遍歴など、他にも多数の説得的な事例が紹介されています。

自分自身で試してみなければ分からない

新卒のキャリア選択においては、できるだけ学生時代のアルバイト経験などから自分の適性などをつかんで、自分が好きな仕事よりもむしろ、自分が他の人よりも上手にできる仕事や能力を活かせる仕事を選んだ方がいい、と思っていました。これは自分の失敗や試行錯誤も踏まえた考えで、そのためにも、学生時代の早いうちから、職業適性を知るためのプログラムをもっと増やしたらいいとさえ思うこともあったのです。

しかし結局、親や教師、指導者がいくら諸先輩の知恵や事例を話したところで、自分の可能性は、自分自身で試してみないかぎり分からない、というのが真実ではないでしょうか。興味を持ったら、なんでもやってやろうという精神で、取り組んでみる。その際、一定のグリット(やり抜く力)は必要。けれどもグリットにこだわりすぎて、向いてないと確信しているのに続けることは、マッチ・クオリティーの最適化にはつながりにくいことも認識しておくべきです。

つまり、まず行動。それから考える。

人には無限の可能性があるけれど、実際に試してみなければ、いくら人から話を聞いたって本を読んだって、分からない。

人生を通じて、経験と知識の幅を広げる

昨年からコロナ禍のあおりを受けて、語学専門学校の卒業生などが、ずっと夢だったCAになれなかったというような報道があります。ほんとうに気の毒ですが、こういう時代だからこそ、サービス業から少し距離を置いて、在宅でもできる職業スキルを身に付けようとしている人も少なくありません。こうした一つ一つのチャレンジが巡り巡って、どういう人生になっていくのかは誰にも分かりませんが、本書を読むと、遠回りをしても、決して遅すぎることはないという、勇気をもらえると思います。

もう一つ、若い人だけでなく、中年を過ぎた私のような世代にとっても、まだまだ経験と知識の幅を広げることで、まだ知らない自分の能力を発見する可能性があるということに勇気づけられます。私なども40歳をすぎてから中国語の勉強を始め、旅行先で話が通じたときの喜びは、何歳になっても素晴らしいものがあります。こんなことができるようになった、こんなところまで来れた。こういう喜びに年齢は関係ないですね。

現代のより複雑化した経済社会における仕事は、ますます専門化しつつありますが、幅広い経験や知識、スキルを組み合わせることによって、他の人には真似の出来ない独自の価値を実現できる可能性があります。必ずしも前向きなものとは限りません。夢砕けて一歩後退したかのような選択となることもあるでしょう。でも興味がある分野に、足を踏み出してみること。そこからあなただけの人生の寄り道が始まり、自分だけの知識の幅(レンジ)を築き上げていくことができます。

 

レンジ 知識の幅が最強の武器になる

デイビッド・エプスタイン (著)

レンジ 知識の幅

 

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