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ファクト 中心で報告書を構成する
「What’s Your Story?」という提案や提言がないレポートは意味がない、ということがよく言われますが、ビジネスリサーチの報告書は、内容の8〜9割はファクト中心であるべきだと思います。
特に依頼主が社長や経営幹部など、ランクが高くなるほど、仮説や提案、ありきたりの分析フレームワーク、意見よりもまず、「ファクトは何か?」と問われることが多いです。たぶん欧米では違うのでしょうけれど、日本ではほぼ間違いなくこうだと経験上はっきり言えます。
このあたりが、若いコンサルタントやMBA出身者が、日本の大企業と相性が悪くなりやすい理由ではないかと、私は考えています。いろいろな「ビジネス分析フレームワーク」を学んできたのに、「そういうのはいーから、ファクトを提示しろ」と言われては、彼らにとってはたまったものではないのかもしれませんが。もちろん海千山千のパートナークラスのコンサルタントは、そんなことはしません。相手に合わせて情報の提示の仕方をいかようにも組み替えることができるでしょう。しかし企業からMBAに派遣されて、帰って来たら相手にされないからって、すぐに転職してしまう人たちは、ちょっと問題ですよね・・・その可能性があるのなら自費で留学すべきですし、このような筋道が分からない人は転職後も大きく飛躍していくことが少ないように思います。
日本の伝統的大企業では、欧米系コンサルティング会社の提言ありきのレポートは、むしろ嫌がられることも少なくありません。もちろん3ヶ年経営計画の策定であったり、グループ再編成であったり、あるいは大規模なサービス開発や業務改革などにおいては、調査から戦略の策定、その実行まで、戦略コンサルや金融機関に丸ごと委託するということがあります。
しかしながら、依頼主が事業環境を見直すための「ビックピクチャー」リサーチでは、何よりも「ファクト」が重要です。経営責任者や事業責任者が重要な意思決定をするためには、安易に外部のリサーチャーやコンサルタントの分析や提言に依存せず、自分自身で考え抜きたいからこそ、考えるための材料を揃えて欲しいわけですから、これは当然のことともいえます。
リサーチ報告書における ファクトとは? 事例調査の重要性
ではファクトとは何か。市場規模やシェアなどの数値、そして何といっても「事例」調査が重要です。
事例の種類 | 概要 |
企業 | 当該市場における主なプレイヤー、成功企業や失敗企業の戦略、ベストプラクティスとしての企業分析、注目されているベンチャー企業例 |
事業 | 事業戦略、ビジネスモデル、プラットフォーム、エコシステム・パートナー協業の内容 |
製品サービス | 特定の製品やサービス・ソリューションの内容・構成、使用されている技術やプラットフォーム、その訴求内容 |
技術 | 技術の特徴と成熟度、標準化動向、技術系ベンチャー(資金調達状況等) |
ユースケース | 導入事例、導入企業例 |
事例を中心とした調査報告書の構成イメージ
項目名 | ポイント | |
1.構成とサマリー | エグゼクティブサマリー | 1ページに文章形式でまとめる |
2.スコープ設定と概観 | 市場概要 | 現在のスナップショットと時系列での変化に着目する |
市場・技術・顧客に関する主なトレンド | 主要なトピックの確認 | |
3.事例調査 | 競合の事業戦略、製品サービス、技術、ユースケース・導入事例 | 重視すべき項目のファクト |
4.結論 | 比較分析とまとめ(整理) | |
示唆と提言 | 調査を通じて気付いた点 | |
次のステップ | 気付きの中でビットが立った仮説はあるか。深掘り調査を実施するかどうか |
違和感/ズレに目を留める〜比較分析
ファクト中心に報告書に情報を整理していくと、自然と気になるポイントというのが出てきます。調査スコープの広さにもよりますが、私の経験上は30時間程度をかけると、全体の中でどの当たりがキーポイントになってくるかが見えます。
事例調査もそれなりのボリュームになるため、これらをどの軸で比較するかは、慣れや工夫などが必要ですが、報告書を読んでいるクライアントが目を留めるであろうズレ、比較検討したいであろう軸に基づいて、あらためてリサーチ結果を比較します。
「調査を通じて何か気付いた点はありますか」
という質問に対して提示すべきがここで、これを「インプリケーション(示唆)」といいます。
これはファクトリサーチに基づいた「仮説」ともいえ、次のステップで掘り下げ調査を行う際の切り口にもなります。プロジェクトによっては、ここまでが中間報告で、最終報告はこのインプリケーションの一部をさらに掘り下げて分析するということを、最初の調査設計で合意することもあります。
ビジネスリサーチの最大の価値〜メンバーの現状認識の合致
コンサルティングとリサーチのアプローチにおける最も大きな違いは、最終的な答えがどこにあるか?についての考え方です。
私自身は「プロセスコンサルテーション」の考え方に近く、「答えはクライアント自身の中にある」と考えています。ファクトを正確に認識できれば、自ずと社内の状況やこれまでの経緯・経路、意図などを踏まえて、何をすべきがが見えてくるし、そうした戦略は責任とリスクを負っているクライアント自身しか生み出すことはできません。外部からノーリスクで考えて押しつけるようなものではないし、そのような戦略が実際上機能するとも思えません。
しかしながら、経営メンバーでの議論などを拝見すると、実は「ファクトの認識が合致していないこと」が多く、それぞれ異なった認識に基づいた発言であるために議論がまったく噛み合わないということが起きます。これはある意味で当たり前のことで、当該事業に関しては、それを専業とする担当者、それらを統括する部門、当該事業と関連する他の部門、研究開発部門、全社を統括する社長などが平場で議論すれば、そもそも知っていることのレベルの差があります。
ここにビジネスリサーチの最大の価値が存在します。
特に社外の独立リサーチャーがこれを行う場合には、よりその価値を提供しやすいでしょう。ただし、この価値は発注側も受注側もあまり意識していないことが多いので、今後より明確にプログラム化していくことも期待されます。
関連図書
『小倉昌男 経営学』
『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(楠木建)